端午の節句

端午の節句で贈る兜は誰のものがいい?人気武将を紹介します!

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端午の節句の兜

 

端午の節句の兜飾りは、「男の子の命を守ってくれますように、事故や病気に遭いませんように」と願いを込めて、厄の身代わりとして贈ります。

そのため父親のおさがりを貰ったり兄弟で同じ兜を共用ということはせず、一人に一つ、一生に一つの大切なものとして扱います。ここでは端午の節句に兜を贈る理由と、選ばれる人気武将、それと併せて兜に込められた意味についてご紹介します。

端午の節句で兜を用意するのはなぜ?

武家社会の風習で、かつて男の子が立派な武士となるよう願って、座敷に兜や鎧を飾る風習がありました。それを庶民もまねて大衆に広がり、端午の節句が定着したのです。

武士にとって兜や鎧は、自らの命を守る重要なものです。位の高い将ともなれば兜は防具としてだけのものではなく、戦場で目立つためのものであり、威厳や地位の象徴でした。

そのため、特徴的な兜のデザインはそれぞれの武将たちの信念や志を表した意味のあるものなのです。

兜にも人気がある!兜飾りで選ばれる人気武将5選

端午の節句の兜

 

兜の意匠には武将たちの願いが込められていることをお伝えしました。

では兜を買う親御さんたちによく選ばれる人気の武将たちと、その兜についてご紹介します。

男の子が二人以上のご家庭では、それぞれの兜を用意してあげる必要がありますので、かつての武将同士の関係も加味して兜を選ぶという人もいます。たとえば徳川家康と真田幸村の兜は一緒にしない、とかですね。

その理由は以下で申し上げます。

伊達政宗

兜の三日月がとにかくかっこいい人気武将です。

本人は東北を支配していました。豊臣秀吉に従い、そのあとは徳川家康に味方しました。直江兼続と仲がとても悪かったそうです。月のデザインである理由は、そのとき流行していた月・星・太陽のいずれかを神とする信仰がもとになっています。伊達政宗は月を神としていたんですね。

真田幸村

六文銭と鹿の角の兜が有名な武将です。

日本一の兵(つわもの)といわれています。大阪冬の陣にて徳川家康を窮地に追い込み、切腹を覚悟させるほどだったといいます。兜の鹿の角は、鹿が神の使いとされることから。六文銭は、「三途の川の渡し賃」 との意味から戦への覚悟を表しています。

徳川家康

天下統一を果たし、300年続く江戸幕府を築いた武将です。

兜はシダの葉をモチーフとしています。シダは感じで書くと歯朶と書きますが、歯を「齢」とし、朶を「枝」と意味付けることで、転じて、長生きするように、子孫が繁栄するようにとの願いが込められています。

直江兼続

「愛」の兜といえば直江兼続です。

上杉家に家臣として使え、義を重んじ、忠実に尽くした武将です。徳川家康に「直江状」といわれる手紙を送り、それが関ヶ原の戦いのきっかけとなりました。兜の愛の字は、仏教の愛染明王の愛です。

上杉謙信

日輪三日月の兜がスタイリッシュです。天才型の武将で、後の世に「軍神」と称されるほど。織田信長や、特に武田信玄との戦いが有名です。まじめで、純粋で、義を重んじる性格だったことが現代に伝わっています。

兜のモチーフの意味は、摩利支天という神様を象徴したものです。勝利や護身にご利益があるとされます。

まとめ

端午の節句の兜

男の子の健やかな成長を願って贈る兜飾り。

たくさんの種類があるのですが、かつて存在した武将たちの生き様にあやかって選ぶのも一つの方法ですね。

男の子本人としては、まだ小さくてそういうのはわからないかもしれませんが、兜のカッコよさは好きになってくれると思いますよ!

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